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コラム

ネコ好きが語るネコにまつわる精神医学

山口創生(国立・精神神経医療研究センター)、精神保健福祉士、監事

ネコ好きが語るネコにまつわる精神医学

「ネコはかわいく、そして尊い存在」。このフレーズに賛同してくれる方は多いのではないでしょうか?時にそっけない素振りをしたり、時に人を見下した態度をとったりすることがあっても、「それがまたかわいい!」と共感してくれる方も多いのではないかと想像します。ネコと人間とのかかわりの歴史は古く、約1万年前からのお付き合いがあるといわれています(1)。有名なところでは、約4千年前の古代エジプトの壁画に描かれたネコの絵を見たことがある方もいると思います。人間の身近なパートナーとして、気の遠くなるほどの長い歴史を持つネコですが、なぜネコは人間に愛されてきたのでしょうか?丸顔や大きな目、もふもふした感じなどのネコの特徴が人間の「かわいい」という感覚認識を刺激するという研究もあったりします(2)。そんな理屈はともかく、実は私自身はもともとイヌ派だったのですが、いざネコと一緒に生活をしてみると、完全にネコ派になっています。

世の中には、ネコ以外にも様々な動物がペットとして人間と一緒に住んでいます。彼らは人間にどのような影響を与えているのでしょうか?近年のレビューでは、ペットとの生活は身体活動を増やすことがあっても、メンタルヘルスの改善や孤独感の解消には関連しないと結論付けています(3, 4)。私個人としてはネコとの暮らしで幸せを感じることが多いですが、俯瞰的に見ると、動物と一緒に暮らすこと自体が直接的にメンタルヘルスに影響するとはいえないのかもしれません。

ペット全般に関する研究とは別に、ネコに関しては良くも悪くもより踏み込んだ知見が度々発表されています。有名なところでは、2013年にPLOS ONEで発表された論文は、ネコにかまれた人の約40%でうつ病が認められたと報告しています(ちなみにイヌの場合は30%未満)(5)。また、日本の若者メンタルヘルスの研究や産褥期の研究では、ネコとの生活が若者の精神的健康の低下や産後の抑うつ症状などと関連していたと報告されています(ちなみにイヌは精神的健康や抑うつ症状の改善・予防因子)。(6, 7)。さらに、近年のレビューは、ネコとの接触が統合失調症関連障害のリスク増加と関連するという知見を報告しています(8)。ネコとの接触と精神疾患についてはトキソプラズマという寄生原虫がしばしば疑われていますが、近年の研究によれば、少なくともうつ病に関しては、ネコの噛みつきによって伝染するとされるトキソプラズマの影響は小さく、むしろひっかき傷によるバルトネラ・ヘンセレ菌による感染症の影響がある可能性が指摘されています(9)。このように、原因や因果関係が全て解明されたわけではないのですが、ネコに関する研究は、ネコ好きにはちょっとすっきりしない結果となっています。

こんな知見を聞いても、ネコはかわいいし、それでもかわいいし、やっぱりかわいいし、家族の一員だし、生まれ変わってもネコと一緒にいたい。私と同様に複雑な気持ちになる方もいると思います。私自身は、これは価値観に基づく個人内の事実と科学的検証に基づく集団の事実に差が生じるわかりやすい事例なのだと考えています。古の時代、ネコはネズミ番として重宝されたかもしれませんが、今ではネコにそんなことを求める人は少ないでしょう。にもかかわらず、多くの人がネコを愛しています。その理由に、現代社会が求めがちな合理性や効率性、科学的エビデンスなどは存在しないでしょう。そして、私もそんな中の一人です。なので、今からネコと一緒にモフモフしてこようと思います。

  1. 鳥影者. https://www.choeisha.com/column/column06.html
  2. Little AC. Ethology, 2012. https://doi.org/10.1111/j.1439-0310.2012.02068.x
  3. Martins CF. Front Public Health, 2023. https://doi.org/10.3389/fpubh.2023.1196199
  4. Kretzler B. SPPE, 2022. https://doi.org/10.1007/s00127-022-02332-9
  5. Hanauer DA. PloS One, 2013. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0070585
  6. Endo K. IJERPH, 2020. https://doi.org/10.3390/ijerph17030884
  7. Matsumura K. SSM, 2022. https://doi.org/10.1016/j.socscimed.2022.115216
  8. McGrath JJ. Schizophr Bull, 2024. https://doi.org/10.1093/schbul/sbad168
  9. Flegr J, Hodný Z: Parasit Vectors, 2016. https://doi.org/10.1186/s13071-015-1290-7