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コラム

メンタルヘルスにおける笑いの効用

市来真彦(東京医科大学)、精神科医、副理事長(事務局長)

メンタルヘルスにおける笑いと音楽の効用 の続き)

治療としての笑いが世界で初めて注目されたのは、のちに「笑いの父」と呼ばれるようになったNorman Cousins (ノーマン・カズンズ)氏が1976年にThe New England Journal of Medicineに自らの治療・闘病経験についての投稿であると言われています。1964年当時カズンズ氏は50歳の働き盛り、アメリカ有数の評論誌である「サタデイ・レビュー」という雑誌で編集長として働いていました。その時カズンズ氏は膠原病の一つである難病「強直性脊椎炎」に罹患し、担当医から治る確率は1/500であると告げられます。そこで彼は自身で医学論文などを読み漁り、自身に起きている変化の原因を過重労働という状態がいわゆる「副腎疲労」を起こし、免疫能が落ちてしまっていたために身体が悲鳴をあげたのだと推測します。そして治療方法も仮説を立て、友人でもある主治医と共に2つの治療〜ビタミンCの大量療法と笑い療法〜に取り組むことを決心します。

まずハンス・セリエの「ネガティブな考え方は人体に負の影響を及ぼす」というストレス学説を逆手に取り、それならば「ポジティブな考え方は人体に正の影響を及ぼす」のではないかと仮説を立て、まずはネガティブな考え方になりやすい病院という環境を変えるべく治療の場所をホテルに移します。

そして激しい痛みに対して使われ続けていた鎮痛剤は逆に副腎に負担をかけていると考え、自身の炎症に対しては鎮痛剤の代わりにビタミンCの大量摂取が効くのではないかと仮説を立てました。そしてビタミンC を10グラムから25グラムに増量し大量投与し続けたところ、まもなく血沈が減少するという検査結果を得ることができたのです。

さらに友人のテレビのディレクターから差し入れてもらった日本でいうところのアメリカ版ドッキリカメラの総集編やチャップリンのような喜劇映画を見たり、大好きなユーモア全集を読むようにして、毎日腹の底から10分間大笑いするようにしたところ、激痛が和らいで2時間ぐっすりと眠れるようになったのです。

その後症状はさらに改善し、二週間後には外国の海岸で日光浴ができるようになり、そして(よせば良いのに?)数ヶ月後には元の仕事に復職することができたのです。

彼はその経験を投稿した後UCLAの教授となり、精神神経免疫学の研究に取り組みます。そして65歳のときに心筋梗塞となり、危篤状態でUCLAの治療室に運び込まれました。一命をとりとめた後、またもやプラス思考と笑い療法を行い、冠動脈バイパス手術を行わずに心不全を克服して退院したことを発表します。

その後も多くの研究者たちが笑うことが病気に効用をもたらすことを発表しているのです。(つづく) おすすめ図書:笑いと治癒力、続・笑いと治癒力(岩波書店)