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コラム

日本社会精神医学会からの社会への発信の重要性を考える

徳永 雄一郎(不知火病院)、精神科医、評議員

社会精神医学の目的は生物学的、心理学的、社会的側面の視点から、こころの健康について研究し、社会に役立てることとされている。近年社会は平均寿命から産業構造まで大きく変化している、これと連動して精神疾患も変化がみられる。遺伝負因が大きいとされてきた統合失調症は外来の新患で見ることは非常に少なくなってきた。WHOは、うつ病が2030年には全疾患の中で最も多い疾患になると予測している(DALYs)(1)。当院ストレスケア病棟の入院者に対して2003年と20年後の2022年との病態の変化を検討したが、気分障害圏(F3)が79.5%から53.5%に低下し神経症性障害圏(F4)が19.6%から39.4%に増加し、ここでも変化がおこっていた(2)。発達障害の議論は盛んであるが、男性に多いとされていたADHDが最近は男女比は2対1にまで変化してきている。このような精神疾患の変化を社会との関連でどのようにとらえて提言ができるか、我々社会精神医療にかかわる者の大きな責務であると考えている。

元慈恵医大教授の牛島は1945年以降、家父長制と夫婦の役割分担が変化し共働きが増加した結果、家族の機能も低下しているとしている。その結果青少年の攻撃的感情が、家庭内暴力から校内暴力をへて果ては一般市民にまでと、10年ごとに攻撃性が家庭から外へ外へと広がりをみせていると論じている(3)。攻撃性の広がりは、国民総クレーマー時代と揶揄されるまでに至っているが、攻撃性が他者に向かい、自己の内側を省みることへのためらいが強いのは、悲しみが深い結果であるとRogersは指摘している(4)。このように考えてくると国民総クレーマー時代は、家族機能の弱体化とそれに伴う子供の悲しみの広がりとの関係でとらえられる可能性がある。このことは難易度の高い大きなテーマであるが、社会に向けてどのように発信してゆくか重要な局面であると考えている。

もう一つは、毎年日本社会精神医学会に参加し発表も続けているが、参加して感じたことがある。それは精神科医が興味関心の高い発表が、本学会に参加されている医師以外には必ずしも関心があるわけではないという点である。“社会”という言葉の意味を考えて、医師以外の方にも関心の高いテーマもわかりやすく展開させることも本学会の発展のために大事なことではないかと感じた。

文献

1. WHO highlights urgent need to transform mental health and mental health care; Jun16, 2022

2.  徳永 雄一郎ほか:「社会構造の変化が精神疾患に及ぼす影響についての一考察」 第43回日本社会精神医学会; 2025

3. 牛島 定信「現代のうつ病をどう考え、対応するか」精神分析の立場から;「うつ」の構造 神庭 重信, 内海 健 編. 弘文堂 47-71.東京,2011

4. ロジャーズ−クライアント中心療法の現在 – 村瀬 孝雄,村瀬 嘉代子 編. 日本評論社,2015