コラム
日本の医療は「早い、安い、うまい」?

新村 秀人(大正大学)、精神科医、理事
昔、医療費は「高かった」。映画「赤ひげ」を引き合いに出すまでもなく、戦後もしばらくの間は、医者に診てもらうのは一大事だったし、薬を買うことができない人も多かった。1961年に国民皆保険制度が導入され、全国一律料金・フリーアクセスで、一定水準以上の医療が受けられるようになった。日本の医療は素晴らしく、乳児死亡率は世界で最も低く、平均寿命・健康寿命は世界最高となった。ところが、この状況に慣れてしまうと、今度は、海外旅行に行き、怪我や病気で現地の医療機関を受診した時に、莫大な医療費を請求されて驚くようになった。日本の医療は、「早い(フリーアクセス)・安い(国民皆保険)・うまい(高度技術・安全)」なのである。
しかし、この状況でよいのだろうか。医師の診察を受けて処方薬をもらう方が、ドラッグストアで風邪薬を買うよりも安いのである。また、美容室やマッサージに8000円を出すことに抵抗感はないが、病院で「8000円です」と言われると「高い」と感じてしまう。日本の医療満足度は、世界的に見ると平均よりも低いという調査結果もある。
一方で、高齢化率の高まり、高度先進医療や高額な薬剤の保険承認などもあり、医療費は増額の一途をたどっている。「打ち出の小槌」はないので、国家財政の破綻を招かないように、医療費全体を抑制する政策が行われている。今や多くの医療機関は経営が苦しく、医療職は低賃金にあえいでいる。
ではどうすればよいか。医療費を適正なレベルにまで引き上げること、「医療資源を公平に分配するべき」という観点(医療倫理の四原則の正義原則)から、あまりに高額な医療の保険適応に慎重となること、などが必要ではないだろうか。そして、国民の理解を得るための前提として、医療費は実際には高価であるという現実を知ってもらう必要があろう。そこで、以下のような取り組みを提案する。①医療費の領収書の金額を、保険点数と円の混合表記ではなく、すべて円で表記する。保険負担率での表示のみならず、自費の場合の本来の医療費も併記する。②医療費無料の制度はやめ、自己負担率1%でも0.01%でもよいので支払うようにする(高額療養費制度は、限度額の検討を行いつつ維持)。
ちょっと厳しい意見と思われるかもしれないが、国民皆保険制度を持続可能なものとするための一つの提案である。