コラム
一期一会のおもてなし

田上 美千佳(千葉大学)、精神科看護師・保健師、評議員
with COVID-19の時代が終わり、まるで何事もなかったかのような日々が戻ってきた。
海外からの旅行者は「withコロナ」の頃から徐々に増え、勤務先の最寄りである千葉駅では、成田方面からの大きなスーツケースを抱えた外国人旅行者の姿をよく見かける。秋葉原駅でも、お土産を抱えた外国人の方々が大勢、電車に乗り込んでくる。そして、国内のホテルの予約は取りづらくなっている。コロナ禍ではガラガラだった新幹線や飛行機も、いまや満席のことが多い。
私は新幹線で外国人旅行者と隣り合わせになることがよくある。ある時は、ブランドのバッグを携えた中国からのビジネスウーマンが隣に座られ、名刺をいただいた。大阪の大学院に留学した経験があるという。
昨年は、京都へ向かうアメリカ人の男性と隣になった。妻の誕生日プレゼントとして日本旅行を計画したとのことだった。車窓から富士山がくっきりと見え、日本語のアナウンスも流れたが、彼らは日本語がわからず気づかない様子だった。おせっかいながら「富士山ですよ」と声をかけると、大変喜ばれ、写真を撮って私にもシェアしてくださった。その写真を、このコラムのカバー写真として掲載している。なぜかその男性と私がツーショットで写真に収まり、それも一緒に送ってくださった。
また、昨夏の奈良公園では、鹿の写真を撮る外国人旅行客の姿ばかりで、周囲には日本語以外の会話が飛び交っていた。タクシーの運転手さんの声で、久しぶりに日本語を聞いたという経験もした。
都内では、学生の実習でお世話になっている山谷地区の宿泊施設にも外国人旅行者が戻ってきた。さらに、外国人による民泊の利用も増えているようだ。渋谷では、ご夫婦連れのツアーと思われる集団の外国人を見かけた。自宅最寄り駅では、紙の切符では通れない改札で困っている旅行者に尋ねられ、階段を下りて別の改札に行っていただくよう案内したこともある。
日本政府観光局(JNTO)によると、戦略的な訪日旅行プロモーションが進められ、2024年の訪日外客数は36,870,148人(うち観光客33,611,553人)に達した。2025年7月の訪日外客数は3,437,000人で、7月として過去最高を更新したという。また、厚生労働省においては「訪日外国人旅行者等に対する医療の提供に関する検討会」や「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」が実施され、体制整備の実態や課題も明らかにされている。
ところで、増え続ける旅行者の方々に対して、私たちはどのような「おもてなし」ができるだろうか。
今年、日本から海外へ向かう飛行機の中で、知人が隣に座った若者と話をしたところ、「一人旅で日本に来て本当に良かった。また来たい」と語っていたという。私は、外国人旅行者の皆さんに日本でそのような体験をしてほしいと願っている。
一期一会のおもてなしは、旅行者のメンタルヘルスをより良いものにするだろう。しかし、オーバーツーリズムの問題が深刻化しつつあるのも事実である。旅行者との共存の道を切り拓くことも、社会精神医学の重要なテーマの一つではないかと考える。 皆様の訪日外国人旅行者への「一期一会のおもてなし」は、いかがだろうか。